「のぼうの城」野村萬斎の"バカ殿"成田長親は他力本願のヒーロー 「のぼう様」の底知れないミステリアスさを好演
2024.12.25(水)
2012年公開の映画「のぼうの城」は、戦国日本を舞台にした痛快な合戦絵巻。史実をもとに、「20,000人 VS 500人」の籠城戦を描いた。「のぼう様」と笑われながら、大軍を翻弄する主人公・成田長親を演じたのが野村萬斎だ。長親の"バカ殿"ぶりとその後に見せる将としての器量を、野村はたっぷりと演じて見せた。
時は天正18年。天下統一に邁進する関白の豊臣秀吉(市村正親)は、小田原の北条氏を征伐せんとする。武蔵国にある北条氏配下の「忍城」には、石田三成(上地雄輔)が軍勢を率いて降伏を迫る。忍城は、周囲を湖に囲まれた砦のような小城にすぎない。野村の長親は、不器用でろくに馬にも乗れないで領民にも笑われる。「でくのぼう」から親しみを込めて「のぼう様」と呼ばれる。
そもそもこの「のぼう様」は城主ですらない。当主は従兄弟の氏長(西村雅彦)で、城代として実質的に城をとりしきるのは長親の父の泰季(平泉成)。実権も持たない長親は、序盤の緊迫する成田家家中のシーンでは、存在感もほとんどない。むしろ氏長、泰季、家臣の正木丹波守利英(佐藤浩市)、酒巻靱負(成宮寛貴)らの方が目立っているが、泰季が病に倒れたことで長親が大将となったのだった。
それでも野村扮するのぼう様の度胸がうかがい知れるワンシーンがある。降伏に傾く城内で、のんきに酒を飲んでいた長親が敵の陣太鼓の音に一瞬、何か考えているような表情をする。が、櫓にのぼって敵の大規模なかがり火を目にすると呆とした「のぼう様」の顔になってしまうところが面白い。
見ていて溜飲が下がる最初の場面は、石田軍の長束正家(平岳大)からの事実上の降伏勧告を拒絶するところ。その場にいた誰もが降伏を予想していたところに「戦いまする!」と啖呵を切って正家に迫る長親。野村が狂言で培ってきた見得とケレン味がたっぷりのシーンで、驚愕した家臣も巻き込んでしまう。長親のただものでないところは、野村でないと体現できないだろう。それは領民との関係においても同じで、氏長や泰季が総大将だったら、この後の石田軍との合戦で一体となって抵抗できただろうか?と陣羽織を着た「のぼう様」が領民に泣いて許しを乞うところを見ていて思う。亡くなった泰季の遺言に反して自分の一存で戦うことを決めたと、泣いて領民と泣き泰季に詫びる長親。弱いところもさらけだせる長親だからこそ、領民と一体になって大軍に抵抗できるのだ(もしかするとこれすら長親の『芝居』で、領民を味方につけられる打算があったのでは?と野村の飄々としたたずまいを見ると思えてくる)。
成田家の手勢と農民あわせて3000人に対し石田軍は2万人。意外にも苦戦する石田軍は、水攻めで城内を水びたしにし、投降してきた領民も殺害。これを見た長親が、本作の名場面「田楽踊り」にうって出る。一人小舟に乗って、白塗りと白装束で敵も味方も笑わせる芸に興じるところは、狂言師の野村でないとできないユーモアさがある。その度胸に上地扮する石田三成も、長親の狙撃を躊躇するようなしぐさを見せる。
田楽踊りの直前、領民の遺体を見た長親は「俺は悪人になる!」と叫んで覚悟を決めるのだが、「悪人」とはどういう意味なのか?自分が死んでも城内の士気を上げることなのか?領民の犠牲を省みず戦いを続けることか?やはりこの男、腹のそこで何を考えているのか興味がつきない。
千早城の楠木正成、上田城での真田軍の奮戦、桶狭間の戦い...、少数が大軍を打ち破るジャイアントキリングは、それだけでエンタメになり人々を沸かせる。だがそこで敵を翻弄する将は、戦の天才であることがほとんど。戦闘は丹波守利英らに任せ、戦場で武器を振るわない長親は珍しい。自分で開戦を決めたくせに戦わない「他力本願」の総大将。戦の終結も忍城側が敵を追い返した訳ではなく、小田原の北条氏が降伏して戦いを続ける意味がなくなったためだった。胆力と人柄、運の良さも、大将に必要な資質なのかもしれない。
長親の最後の見せ場は、三成と和平条件を談判するところ。飄々とした振る舞いは変わらないが、領民の生活にかかわることは断固拒否。もはや「のぼう様」と軽率に呼べないオーラが備わってきて、彼の変貌ぶりもみどころだ。
俳優たちはあえて現代風の言葉遣いも混ぜて話していて、長親のたたずまいと共にコミカルな要素も残している。こういった仕掛けのおかげでむごい描写もマイルドに中和されて、泥くさくて活気ある戦国絵巻になった。
狂言師ゆえ、俳優としてもノーブルな役柄を演じることが多かった野村。映画では「陰陽師」の安倍晴明役が印象に残っているが、「のぼうの城」で武将役も様になることを印象付けた。その後も昨年のNHK大河ドラマ「どうする家康」で今川義元を演じるなど、武将としてもカリスマ性を放っている。見ていると、領民と同じ目線で彼の「のぼう様」に惹かれてしまう1作だ。
文=大宮高史
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