<宇垣美里のときめくシネマ> 願いを、日常を、未来を奪っていく戦争の悲劇を描く2本のアニメ
2024.8.5(月)

8月、夏。今年もまた終戦の日がやってくる。終戦から79年目となり、戦争を経験した世代はもちろんのこと、戦争の中に生きた人から直接その経験を聞いたことがある人すら、どんどんと少なくなっている。私も、直接聞いたのは亡き祖父からだけ。終戦時まだ小学生だった祖父は、家族でたった一人の男子として、体の弱い母や弟妹のためリヤカーを引き、死に物狂いで生きたという。「あの頃のことを思い出すと、本気になればどこででも生きていけるんだなあって思うんだよ。だからね、美里も生きてさえいれば、どこででも生きていけるからね。」あまり多くを語ることは好まなかった祖父の、穏やかに零したその言葉のインパクトは強烈で、未だにふとした時に思い出す。私は、生きてさえいればどこででも生きていける。でも、できることなら愛着もある、生まれ育ったこの土地で生きていきたいよ。
戦争はそんな当たり前にあるはずの願いを、日常を、未来を奪っていくもの、なのだと思う。そして犠牲になるのはいつも市井に生きる名もなき人々だ。そして、それは気づかぬうちに忍び寄ってくる。
■"戦争"の真っただ中にいた人たちと私たちは地続きなんだとしみじみ感じた

(C)2019 こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」は、そんな私やあなたと変わらない人々の生活する日々の美しさと、その日常がどのように戦争に蝕まれていくかが描かれている。
1944年の広島、江波に住まう18歳のすずは顔も見たことのない夫の元へと嫁ぐために、故郷から20キロ離れた呉へとやってきた。主婦として家事に追われながらも、好きな絵を描いて、たまに町へと買い物に行って、と過ごしていたが、やがて戦争は激しさを増し、食糧難や空襲に苦しめられるようになる。
「この世界の片隅に」に約30分、新しいシーンを追加した長尺版であるこの作品。すずと小姑たる径子との関係から、新たにすずと遊郭で働くリンとの関係へと焦点を移し、シーンの華やかさも相まってより強いインパクトを残す。変わらないのはすずののんびりしたキャラクターから生まれるとぼけたユーモアと、掬い上げられる小さな、何気ない、それでも確実に存在した何気ない日常のひとつひとつのかけがえのなさだ。美味しそうなアイスクリームと添えられたウエハース、苦肉の策の「楠公飯」。極限状態の中でも生活を少しでも楽しもうと努力するすずの姿は生命力に溢れていて、どこか縁遠く思っていたあの戦時下のあの頃、"戦争"の真っただ中にいた人たちとは、誠実に生活を営む私たちと地続きの誰かであったのだとしみじみと感じさせる。戦場を描いているわけではないのに、ほのぼのとした呉の人々の生活にどんどんと侵食してくる死の香りが、彼女たちを襲う理不尽な運命が、戦争の悲惨さを強く訴えかける。
■戦争への思いを口にしないけれど反戦への思いが強く伝わってくる

(C)黒柳徹子/2023 映画「窓ぎわのトットちゃん」製作委員会
同じ時代、地方都市の人々の暮らしを描いたのが「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」なら、東京に住まう文化的でハイソな家族の日常を描いているのが「映画『窓ぎわのトットちゃん』」だ。
黒柳徹子さんの自伝的物語であるベストセラー「窓ぎわのトットちゃん」を原作としているこの作品。冒頭から皆がよく知る黒柳徹子さんご本人のナレーションから物語が始まることで、「これはテレビでよく見るあの人の身に起こった本当の話なのだ」とハッとする。
落ち着きのなさから小学校を退学になったトットちゃんは、新しくトモエ学園に通うことになる。トモエ学園の校長先生は溢れて止まらないトットちゃんのお話を最後まで聞き、「君はほんとうはいいこなんだよ」と微笑む。かくして個性を大切にするユニークな学校、トモエ学園でのトットちゃんの生活が始まる。

(C)黒柳徹子/2023 映画「窓ぎわのトットちゃん」製作委員会
朱に染まった頬から迸る生命感。予測不能に生き生きと動き回るトットちゃんは可愛らしく、彼女が思い描く空想の世界は鮮やかで夢のように美しい。そのアニメーションの魅力にグッと心を掴まれ、何より自由なトモエ学園の日々と朗らかな子どもたちのやり取りがあまりに眩しく、うっとりしてしまった。洋風の一軒家に住むトットちゃん家族のモダンな暮らし、お母さんの華やかなワンピース姿、バイオリニストであった父の交友関係などから見えてくるまたひとつの当時のリアルな生活が新鮮だった。
そんな豊かで健やかな日々にも、少しずつ戦争の影が忍び寄ってくる。どんどんと質素になっていくお弁当、みんなで歌った食事の歌は日本語の歌詞に替えられ、親切だった駅員さんはいつの間にか女性へと変わり、飼っていた大型犬はいつの間にか消えていた。
容赦なく戦争が日常を食い荒らしていく、もはやホラーのような過程を子どもの目を通して描き切っている。戦争への思いを登場人物が口にすることはほとんどないのに、強く伝わる反戦への思い、それでも折れない人間の強さに胸打たれた。
2024年にもなって、まだ世界から戦争の火が消えない。ロシアによるウクライナ侵攻やイスラエルのガザ地区侵攻など、あまりにも非道な行いに対し世界がNOと言えないことにやるせなさを覚える。哲学は、文化は、何の意味をなすのだろうと絶望しそうにもなった。それでも私は、「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」や「映画『窓ぎわのトットちゃん』」という作品の力を、このような作品が生まれてくる世界を信じたい。今もこの世の片隅にはすずがいて、リンがいる。そしてトットちゃんのような少女の個性が、戦争の名の元に奪われていることだろう。その現実をどうして他人事になどできようか。許すことなどできようか。
文=宇垣美里
宇垣美里●1991年生まれ 兵庫県出身。2019年3月にTBSを退社、4月よりオスカープロモーションに所属。現在はフリーアナウンサー・俳優として、ドラマ、ラジオ、雑誌、CMのほか、執筆活動も行うなど幅広く活躍中。
放送情報【スカパー!】
この世界の(さらにいくつもの)片隅に
放送日時:2024年8月10日(土)14:00~
映画「窓ぎわのトットちゃん」
放送日時:2024年8月10日(土)20:00~、18日(日)12:45~、28日(水)17:30~
チャンネル:WOWOWシネマ
映画「窓ぎわのトットちゃん」
放送日時:2024年8月11日(日)11:00~、15日(木)18:00~
チャンネル:WOWOWプライム
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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