イ・ジュニク監督が描く韓国史上有名な「王と息子」の悲劇を紐解く歴史大作 『王の運命―歴史を変えた八日間―』
2023.4.1(土)
■朝鮮第21代国王・英祖が実の息子を米びつに...彼らに何があったのか?
映画やドラマを通じて、日本でも多くの人が興味を持つようになった韓国の歴史。特に14世紀末から20世紀初頭にかけて27人の王が国を治めた朝鮮王朝は様々な作品を生み出してきた。『王の運命―歴史を変えた八日間―』(2015年)は、ドラマ「イ・サン」でもおなじみの第22代王・正祖の父である思悼世子と、祖父で第21代王の英祖との葛藤を描き、韓国で観客600万人以上を集めた大ヒット作だ。
1762年。父である王・英祖(ソン・ガンホ)を殺そうとした罪に問われた世子(ユ・アイン)は自害しようとするが失敗。その姿を見ていた英祖は息子を米びつに閉じ込めるよう、臣下たちに命ずる。日を追うごとに衰弱していくなかで思悼世子は葛藤に満ちた父との日々を回想していく。幼き頃は聡明さで父を喜ばせたが、成長するにつれて勉学よりも美術や武芸を愛するようになった世子の行動は、徐々に英祖の悩みの種となっていった。それでも、英祖は後継である世子に国政を学ばせようとしたのだが...。
父に対する怒りを抑えきれなくなった世子が剣を持って飛び出していくシーンから始まるこの映画は、王殺害未遂の罪によって米びつの中に入れられた彼が死へと近づいていく現在と、父子の関係が徐々にこじれていった過去を行き来しながら「彼らはなぜ運命の瞬間へと追い込まれていってしまったのか?」という疑問に迫っていく。
監督は朝鮮王朝の歴代王の中でも暴君として名高い燕山君と最下層の芸人たちの人間関係を描いた『王の男』(2005年)で大成功を収めて以降、『空と風と星の詩人~尹東柱(ユン・ドンジュ)の生涯~』(2015年)、『金子文子と朴烈』(2017年)、『茲山魚譜 チャサンオボ』(2021年)など、現代的な視点を交えた独自の時代劇を手掛けてきたイ・ジュニク。韓国では知らぬ人のいないほど有名な王と息子の悲劇を取り上げた今作では、観客の持つイメージを裏切らないよう、これまでになくシリアスなアプローチを選んだという。
英祖が思悼世子に対して行った過酷な仕打ちについては「臣下たちとの権力関係の中で王権を守るために思悼という人物が犠牲になった」という見方と、そうした権力関係以前に、思悼という人物が持っていた狂気にフォーカスを置き、「息子ではなく孫に王位を譲るため、王が米びつに閉じ込めて殺した」という2つの見方があるという。イ・ジュニク監督はこうした見解を踏まえながら、父と子、そして、彼らを取り巻く女性たちを含めた家族の関係に焦点を当てて、歴史の中の「なぜ」を解き明かそうとしたという。時を重ねるにつれて変化していく2人の関係を丁寧に追っていくので、歴史的な背景をそれほど知らなくても十分に引き込まれる。また、世子と息子サン(後の正祖)という「もう一組の父子」の関係も哀切に描かれている。
■歴史的な悲劇を描いたドラマであると同時に、誰もが身近に感じられる家族の物語
朝鮮王朝の王の中で、最も在位期間が長く、名君として知られる英祖の40年を、特殊メイクを駆使して演じ切ったのは、日本でもおなじみの名優ソン・ガンホ。これまでの作品で見せてきた彼独特のユーモラスな口調をほとんど使わず、王としての威厳を見せた。イ・ジュニク監督は撮影中、「ソン・ガンホっぽい演技をしないように」と言い続けたという。待望の息子の誕生に心躍らせていた英祖が、その期待の大きさゆえに息子を責めるようになり、徐々に失望していく姿が胸を打つ。
偉大な父の期待に応えられないもどかしさに押しつぶされるかのように、少しずつ常軌を逸していく世子をエネルギッシュに演じているのはユ・アイン。雨の中、父のもとへと向かう冒頭から無念の死へと一気に駆け抜ける力強い演技によって青龍映画賞の主演男優賞に輝いた。2015年は本作に加え、悪辣な財閥の御曹司に扮した『ベテラン』も封切られて共にヒットし、映画俳優としての存在感が光った年となった。
夫である世子への愛情を持ちながらも息子を守ることを選ぶ恵慶宮役のムン・グニョンや、夫と息子の板挟みになる暎嬪役のチョン・ヘジンも好演。王にも強い影響力を持つ先々代王妃に扮したキム・ヘスクの貫禄ある演技にも圧倒される。父である世子への過酷な仕打ちを悲しむ息子イ・サン(後の正祖)を力強く演じた子役イ・ヒョジェに続き、ラストでは成人したサン役でソ・ジソブも特別出演し、父への切ない思いを凛々しく見せている。8年前の作品だけに、現在活躍中の俳優の若き日の姿が見られるのも楽しい。『パラサイト 半地下の家族』(2019年)でソン・ガンホの娘を演じたパク・ソダムが英祖に見初められ、世継ぎをもうける女官役で登場。また、世子との関係をさらに悪化させる原因を作る英祖の若く聡明な妃にドラマ「サイコだけど大丈夫」のソ・イェジが扮し、特有の低く魅力的な声を響かせている。
謎に包まれた出来事を、父と子の感情の行き違いの積み重ねのなかで見せる『王の運命―歴史を変えた八日間―』。歴史的な悲劇を描いたドラマであると同時に、誰もが身近に感じられる家族の物語であるところが興味深い。
文=佐藤結
佐藤結●映画ライター。韓国映画やドキュメンタリーを中心に執筆。「キネマ旬報」「韓流ぴあ」「月刊TVnavi」などの雑誌や劇場用パンフレットに寄稿している。共著に「『テレビは見ない』というけれど エンタメコンテンツをフェミニズム・ジェンダーから読む」(青弓社)がある。
放送情報
王の運命―歴史を変えた八日間―
放送日時:2023年4月9日(日)13:15~、22日(土)21:00~
チャンネル:スターチャンネル2
(吹)王の運命―歴史を変えた八日間―
放送日時:2023年4月18日(火)19:45~、26日(水)23:10~
チャンネル:スターチャンネル3
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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