宙組トップスター・芹香斗亜が「シャーロック・ホームズ-The Game Is Afoot!-」のモリアーティ役で見せる悪役の集大成
2025.3.28(金)

宙組公演「シャーロック・ホームズ」は、さながら名探偵ホームズが立ち向かう数々の事件のように一筋縄ではいかない舞台である。
幕が開くと、不穏な空気が立ち込める19世紀末のロンドンへと一気に引き込まれる。最初にホームズが立ち向かうのは「切り裂きジャック」の事件だ。実際にこの時代のロンドンを震撼させ、「もしホームズがこの事件に出会ったら?」という想定がこれまでも多くの人の興味を惹きつけてきた事件である。
シャーロック・ホームズ(真風涼帆)は飄々として偏屈な才人だが、どこか人情味がある。そして、ひとたび事件となると子どものように夢中になる。まさに原作のイメージどおりのホームズだ。
お馴染みのキャラクターも次々と登場する。ホームズの相棒として知られるワトスン(桜木みなと)は天才の対局にある常識人、そしてホームズの仕事の誠実な記録者である。スコットランド・ヤードのレストレード警部(和希そら)は、ややお疲れ気味な中間管理職の雰囲気を醸し出している。
「恋愛に関心なし」のホームズを主人公にする本作でトップ娘役が演じるのは、かつてホームズを翻弄し、原作の中でホームズが「あの女性(ひと)」と呼ぶアイリーン・アドラー(潤花)だ。その可憐さが役柄にうまくはまり、タカラヅカ的にいいバランスに決まったファムファタルぶりだった。
ちなみに、アイリーンとホームズとの出会い、そしてボヘミア王が関わる事件について歌で語られる部分の元ネタは「ボヘミアの醜聞」である。本作にはこんな具合にシャーロキアン(ホームズ愛好家)をニヤリとさせるホームズネタがあちこちに仕込まれている。
やがて物語は帝国主義時代の世界の闇の部分にも切り込んでいく。19世紀末といえば、西欧諸国が植民地獲得競争に血眼になっていた時代であり、また、資本主義の急速な発達の中で資本家と労働者との対立構造が浮き彫りになった時代でもある。本作はこうした「支配・非支配」の構造にも目を向けていく。
その構造の中で「支配する側」の頂点に君臨する野望を抱くのが、ホームズの宿敵・「最後の事件」のモリアーティである。これを演じるのが、現在、宙組トップスターである芹香斗亜だ。タカラヅカ王道の貴公子的な佇まいを持ちつつ、「ランスロット」のモルドレッド、「邪馬台国の風」のクコチヒコ、「異人たちのルネサンス」のロレンツォ・デ・メディチなど、実は悪役でも魅力たっぷりの男役スターである。
モリアーティはまさにその集大成とも言えそうな役どころで、悪魔というよりむしろ堕天使のような美しい佇まいがかえって恐ろしい。「人間世界から悪が消え去ることは永遠にない」ことを象徴しているかのようだ。
モリアーティの企みは国家を危機に陥れるものだった。ベーカー街221Bを中心に回っていた話が、後半は世界レベルにスケールアップした物語へと一気に展開してゆく。このあたりはタカラヅカの真骨頂であり、観客もまた、ホームズワールドからタカラヅカワールドへ一気に引き込まれる感がある。
その時、ホームズもまた、世界の平和を守るスーパーヒーローとなっていくようだ。世界を揺るがす巨悪に対しても、ひとりホームズだけは屈することなく立ち向かっていく。その姿こそが、タカラヅカがこの作品に託した「夢」ではないだろうか。
文=中本千晶
放送情報【スカパー!】
『シャーロック・ホームズ-The Game Is Afoot!-』(’21年宙組・東京・千秋楽)
放送日時:4月27日(日)13:00~
放送チャンネル:TAKARAZUKA SKY STAGE
※放送スケジュールは変更になる場合があります