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河合優実主演の「ナミビアの砂漠」など山中瑶子監督作を宇垣美里が語る。この不安定でキツい世の中に見えた希望に涙があふれる<宇垣美里のときめくシネマ>

2025.1.31(金)

第77回カンヌ国際映画祭・国際映画批評家連盟賞受賞した「ナミビアの砂漠」
第77回カンヌ国際映画祭・国際映画批評家連盟賞受賞した「ナミビアの砂漠」

アナウンサー・俳優として活躍中の宇垣美里さん。映画・マンガなどさまざまなサブカルチャーをこよなく愛する彼女が、映画について語るこの連載。今回は、新鋭・山中瑤子監督の話題作「ナミビアの砂漠」(2月2日(日)21:00~WOWOWシネマ)と、初監督作品「あみこ」(2月2日(日)23:30~WOWOWシネマ)の見どころを紹介!

2024年、最も心揺さぶられた作品は間違いなく「ナミビアの砂漠」。冒頭からのっしのっしと大股で駅前を闊歩する河合優実が、圧倒的な力強さで私の心を奪っていった。その衝撃をなんと表現すればいいだろう。安易な共感を拒絶する眼差し、薄っぺらな言語化を許さない奥行きのある佇まい、ただそこにいるだけで物語を紡ぎ始める存在感はあまりにも魅力的で、そんな彼女が演じるカナは2020年代を代表するヒロインといって過言ではない。

恋人と同棲しながら脱毛サロンで働く21歳のカナは、世の中や自分の人生に退屈していた。やり場のない感情を抱えて生きる彼女は、優しいけど退屈なホンダから自信家で刺激的なハヤシへと彼氏を乗り換え、新しい生活を始めるものの、次第に追い詰められ自分を見失っていく。

興奮して鼻血が出るカナ(河合優実)
興奮して鼻血が出るカナ(河合優実)

(C)2024『ナミビアの砂漠』製作委員会

こんなクラスメイトいたな、と実在の人物が思い浮かぶような圧倒的なリアリティから、やがてちょっと待ってよ...!と焦ってしまうほどに既視感のある振舞いへと変化し思わず冷や汗たらり。特に差別的なスカウトの男への好戦的な反応や、ハヤシやホンダとの喧嘩のシーンの言葉選び、態度には身に覚えがありすぎて、ひぃと叫んでしまいそうになった。河合優実の演技力も相まって、すぐそこにカナが生きているよう。その時の感情を言葉ではない方法で全身を使って表現するその姿のなんと清々しいことか。

カナは怠惰で乱暴、ずるいし嘘つきで刹那的。けれど彼女が特別変わっているとも、弱いとも私は思わなかった。この日本で生きているだけで削られていく私たち女は、心休まる居場所を見つけられなかった若者は、簡単にカナのようにうまく生きることができなくなってしまうものだから。

全編に流れるヒリヒリとした感触に対し、結末は存外爽やかで、そこに感じる希望に胸がいっぱいになり、涙が溢れた。たしかにこの世界はずっと不安定で、言葉が溢れる中で他者と共に生きることは、まるで地獄みたいにキツい。でもなんだかんだでカナはまた自分を取り戻せる。分かり合えるわけもない他者と、それでもどこかで折り合いをつけ、どこか分かったような気になりながら生きていけるんだろうな、とそう思えた。

私のようにカナに感情移入する人もいれば、面白かったけど登場人物の誰にも感情移入できなかった、という友人もいたし、男性はそれぞれハヤシやホンダに在りし日の自分を見る人もいるようで、その感想の違いも楽しい。どうしてそう思ったのか、それはどんな体験からきているのかと話すと自ずとその人の人生が浮かんでくるようだ。

優しいが退屈な恋人のホンダ(寛一郎)
優しいが退屈な恋人のホンダ(寛一郎)

(C)2024『ナミビアの砂漠』製作委員会

個人的には優しいようでどこか上から目線で保護者面しているように感じてしまうホンダには非常に厳しい感情を抱いてしまうのだけれど、これは私の経験からくるもの(ホンダはそんなつもりないかもしれない、ごめんね)。この話をすると、ホンダの何がそんなに悪いの!?とまるで自分が責められたかのように反応する男性がいて興味深かった。事程左様にこの作品は、そしてこの登場人物たちは人の心のやわくて弱いところを刺激するみたい。まさに唯一無二の映画体験だった。

山中瑶子の初監督作「あみこ」(2017)
山中瑶子の初監督作「あみこ」(2017)

(C)2017 Yoko Yamanaka

「ナミビアの砂漠」で監督脚本を務めた山中瑤子監督が19歳で撮った初監督作品が「あみこ」。この映画に衝撃を受けた当時学生の河合優実がいつかこの監督の作品に出演したい、と女優になることを決意したきっかけの作品であるという。

女子高生のあみこは斜に構えこの世に意味なんてないと考えている。ある放課後、違うクラスのサッカー部アオミくんと意気投合し、運命を感じるあみこだったが、それ以来2人が会話することはなく、その一年後アオミくんが家出をしたという噂が流れる。

あまりにも青く若く、肥大した自意識と初期衝動のままにつっぱしるその痛々しさに共感性羞恥が止まらない。身に覚えがあるからです!流行の曲はちょっと(笑)とか言ってUKロックとかを聞いている自分が好きでした!たまに同じような趣味趣向の人に出会えた時の喜びと言ったら。やっと言葉が通じる人が現れたか、と盛り上がるものの、ちょっと想像と違ったり、幻想が裏切られたり。

重ねてみてしまうからこそ、そんな自分を取り巻くすべてに怒りを剥き出しにするあみこのじろりとこちらを刺すような眼差しから一時も目が離せなかった。「あんな女大衆文化じゃん」というセリフが好きすぎて、思わずメモを取ったくらい。どこで誰に対して使われた言葉か、ぜひ映画で確認してもらいたい。どこかで私も使いたいな、使えないだろうけど。

「ナミビアの砂漠」の原点であると納得の純度と勢い。見ればきっとより山中瑤子監督の作風を掴むことができるだろう。

このキレキレっぷりに私は今後も胸を貫かれ続けることがもう約束されている。山中瑤子監督の登場で日本映画はまた新しい扉を開いた。規範に中指をたてるようなその姿勢がたまらなく愉快で爽快。迸るエネルギーに当てられて、何かが解放されたよう。きっとそんな風に感じているのは、私だけではないはずだ。

文=宇垣美里

⇒「ナミビアの砂漠」河合優実×山中瑶子監督インタビューはこちら

放送情報【スカパー!】

ナミビアの砂漠
放送日時:2月2日(日)21:00~

あみこ
放送日時:2月2日(日)23:30~
チャンネル:WOWOWシネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります