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北野武監督の原点が見られるデビュー作「その男、凶暴につき」の魅力

2025.1.23(木)

海外でも高く評価され、今や日本を代表する映画監督となった北野武監督。彼の監督デビュー作となったのが、1989年公開の「その男、凶暴につき」である。本作はもともと深作欣二監督・ビートたけし主演という企画だったが、当時TVタレントとして人気絶頂であり、多忙なたけしに対し、深作監督が要求するスケジュールの調整がつかず、深作が監督を降板。製作サイドが代わりの監督を探そうとしたが、「深作監督だから出たいと思ったのに、他の監督では意味がない」と主張。結局、「北野武監督」で撮ることになったという。

凶暴な刑事を演じたビートたけし
凶暴な刑事を演じたビートたけし

(C)1989 松竹株式会社

脚本は野沢尚が手掛けたが、北野は登場人物の名前と設定以外、すべてを自分で書き直してしまった。撮影現場で俳優たちに任せてアドリブ的な演技をさせてそのまま採用される場面も多かったらしい。脚本とはまったく異なる作品になったことで、野沢は「自分のクレジットを外してほしい」との要望までしたが、本作が傑作であることを認め、北野の才能を称賛したという。

ストーリーは、一匹狼の刑事・我妻諒介(ビートたけし)とヤクザの対決を描いたもの。浮浪者を襲った少年の自宅へ押し入り、暴行を加えて無理矢理自白させるなど、その凶暴過ぎる性格から署内で異端視されていた。そんな彼も重度の精神疾患を持つ妹・灯(川上麻衣子)を気にかけている様子。麻薬売人・柄本(遠藤憲一)が惨殺された事件を追う我妻は、青年実業家・仁藤(岸部一徳)と殺し屋・清弘(白竜)の存在にたどり着く。そんな中、我妻の親友で防犯課係長の岩城(平泉成)が自殺に見せかけて殺された。じつは岩城は麻薬の横流しに手を染めていたのだ。我妻は若い刑事・菊地(芦川誠)とコンビを組み、清弘たちを追う...。

(C)1989 松竹株式会社

フィルムノワールを思わせる雰囲気を醸し、本作の特徴は数多い。まずは斬新なフレームワークやストーリーの流れを無視したかのような不思議な編集。映画の冒頭で橋を渡って歩いてくる我妻の姿が印象的だが、とにかく人物が歩く場面が非常に多いのだ。北野は「尺が足りないと言われたから、歩く場面を足しただけ」と言っていたが、冒頭の橋を渡る場面にしても結末に至る場面の重要な伏線になっているし、明確な意図はあったはずだ。歩く人物の頭を切るなど、映画の文法をことごとく無視したような演出も多いが、常識を覆す手法で自分なりのこだわりを強く感じさせる。当初は強く反発したベテランのスタッフたちも、撮影が進むにつれて北野監督の手腕を認め、従うようになったという。

映画界には「デビュー作にはその監督のすべてが現れる」という格言があるが、本作はまさにそれを感じさせる。「余計な説明を絶対にしない」という北野監督のスタンスは有名だが、本作にも散見している。暴力的で過激な描写は多いものの、静謐さに溢れて類まれな監督のセンスを感じざるを得ない。歩く場面に挿入されるエリック・サティの「グノシエンヌ」という曲の使い方など、抒情的な音楽によっておぞましさが倍増するのだ。ほかにも銃撃の場面で薬莢の落ちる音や白煙の広がりを強調するなど、印象的な場面の宝庫。デビュー作にして、「北野監督のすべてがここにある」と評価されるのもうなずける。粗削りではあるが、まさに北野映画の原点といえる作品であることは疑いない。独創的な絵作りで、印象的な場面が連続する「その男、凶暴につき」。本作を北野映画で一番好きな作品だと評するファンも少なくない。狂気の殺し屋・清弘を演じた白竜は、俳優としての評価が一気に高まり、以降はヤクザ役の第一人者となった。見る者に"恐怖"を強く感じさせる稀有な俳優であり、たけしと共に本作で最も印象的な芝居を見せてくれる。また、菊池刑事役の芦川誠と清弘の手下を演じた寺島進は、本作での演技で北野監督のお気に入りとなり、以降は北野作品の常連俳優となっている。緊張感に溢れた現場であったことを想像すると、彼らの演技ぶりもより味わい深い。

北野武監督の原点とも言える「その男、凶暴につき」は、今あらためて観てみると新発見も多いはず。北野映画のファンであれば、何度見ても楽しめる作品だと言える。未見の人は、ぜひ原点を堪能してほしい。

文=渡辺敏樹

放送情報【スカパー!】

その男、凶暴につき
放送日時:2月4日(火)11:40~
放送チャンネル:WOWOWシネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります