窪田正孝が狂気に侵される青年を演じた、映画「初恋」(2019年)
2024.9.1(日)
鬼才・三池崇史監督が窪田正孝とタッグを組んだ映画「初恋」(2019年)は、その甘酸っぱいタイトルからは想像もできないほどに強烈なバイオレンス臭が立ち込めるジャパニーズ・ノワールだ。2019年の第72回カンヌ国際映画祭の「監督週間」に選出され30以上の映画祭で絶賛された本作で、主演の窪田正孝は天涯孤独なボクサー役を演じている。
■アウトローな雰囲気と肉体美に釘付け
窪田演じる天才ボクサー・葛城レオは、類まれなる才能を持つ一方、生まれてすぐに捨てられて親の顔も知らないという悲しい過去を持つ人物だ。黙々とトレーニングをこなし、試合で相手を打ちのめしても顔色一つ変えない彼の姿には、冷淡というよりも感情そのものの動きが完全に止まっているという言い方がふさわしい。自分にはボクシングしかなく、拳にすべてを込めるというレオのやるせない生き方を、窪田はリアルな息遣いをもって演じている。
孤独な青年としての生き方だけでなく、現役ボクサーを相手にしてのファイトシーンや、トレーニングのシーンで見せる鍛え上げられた肉体美も注目のポイントだ。本作で初のボクサー役を務めた窪田は、その後も映画「ある男」(2022年)と「春に散る」(2023年)でもボクサー役を好演。「春に散る」では孤高の世界チャンピオン役に扮しており、「初恋」との違いを見るという楽しみ方もできそうだ。
■普通の青年を侵食する"凶気"
本作で窪田演じるレオは、歌舞伎町で少女を助けたことをきっかけに彼女と逃亡することになり、少女を追うヤクザや悪徳刑事、そして中国マフィアたちの争いに巻き込まれることになる。
強烈なキャラクターが次々と登場する中で、主人公であるレオはボクシングの才能があるということを除けばいたって普通の青年だ。裏社会の人間たちが泥臭く暴れまくる一方で、レオとして作品世界に立つ窪田の"普通"さはある種の清涼剤であり、本作のリアリティーを担保しているようにも思える。
しかし、そんなレオも次第に凶気に侵食されていく。物語の序盤で余命いくばくもないと告げられた彼は「死ぬ気になれば何でもできる」と自ら退路を絶ち、運命を共にすることになった少女・モニカ(小西桜子)のために裏社会の人間たちとの戦いに身を投じるのだ。リミッターが徐々に外れ、感情のうねりをみなぎらせる窪田の演技にも注目したい。
■三池流の"ラブ"をしっかりと昇華
再度言及するが、この映画はラブストーリーだ。ただし、どう見てもただの恋愛映画ではない。一見するとヤクザ同士の殺し合いが画面を埋め尽くすバイオレンスものだが、そこには一筋のボーイ・ミーツ・ガールな物語がしっかりと根を張っている。生きることに無関心だった2人が心を通わせて成長し、やがて生を受け入れていく王道ストーリーでもあるのだ。
窪田はレオのそっけない態度やさりげない言葉の奥底にほのかな思いを灯しながら、恋物語の主人公としての等身大の姿も映し出している。エンドロールまで見れば確かに「初恋」だったと思える、これまでになかった純愛映画を堪能してほしい。
文=元永真
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