<宇垣美里のときめくシネマ>第95回アカデミー賞受賞作「エブエブ」「ザ・ホエール」が 発したメッセージに未来を想う
2024.2.26(月)

■違う人生は選べないけれど、今までとは違う一歩を踏み出すことはできる
今年も世界一の映画の祭典、米アカデミー賞の時期が近づいてきた。日本時間3月11日に開催されるそれに選ばれることは映画最高峰の栄誉。映画というものが、現実世界を反映させたうえで、その一歩先、こんな世界になるべきなんだ!という製作者たちの思いを観客に届けるものであるとしたら、アカデミー賞とは、そんなクリエイターたちの訴えをすくい上げ、肯定し、目指すべき世界をあきらめないと万人に宣言する場所のように感じている。つまり、素晴らしい作品や演技に賞が与えられるのはもちろんながら、そこにはこの流れそのものを推したい、というなんらかの意図が働くものだし、働くべきだと思っている。今年のノミネート作品もどれも素晴らしいものばかりだけれど、その前に、ここで改めて去年の作品を振り返ってみよう。

(C)2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.
作品賞に監督賞、主演女優賞に助演男優賞、助演女優賞......なんと7部門を受賞したのが「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」(2022年)。第95回アカデミー賞はまさに「エブエブ旋風」が吹き荒れたと言っても過言ではない。
経営するコインランドリーは破産寸前。優しいけどなんだか頼りない夫、保守的で頭の固い父親や反抗期の娘に囲まれ、日々の生活に追われる平凡な主婦のエヴリン(ミシェル・ヨー)は何かと上手くいかない人生にへとへとだったのにもかかわらず、ある日、目の前に「別の宇宙から来た」という夫の姿そっくりの別の夫が現れる。彼いわく、「全宇宙にカオスをもたらす巨大な悪を倒せるのは君だけだ」とのこと。訳もわからないままに全宇宙を救う使命を託されたエヴリンは、マルチバースの自分にジャンプし、その能力にアクセスすることで襲い来る敵に立ち向かうことになる。
あらすじを説明してもまるで要領を得ないが、そういうことなのだ。もうこの映画を4回ほど観たが、いまだに上手に説明できない。この脚本を書いた人の頭の中を覗きたい。そして制作会議は皆正気だったのかを知りたい(なにせ主演のヨーが「こんなおかしな脚本を書いた2人に会ってみようと思った」というほど)。歌手にしてカンフーマスターで大女優なヨーが見られるなんて眼福すぎる!落ち着きのないくたびれた中年女性から最強のシェフ(?)まで、そのすべてにおいて体幹も表情も口調も変えていて、まるでキャリアの総決算を見ているよう。主演女優賞獲得も納得だ。
とにかくストーリーもアクションも、衣装も映像もすべてがキレッキレでユニークで、画面狭しとクィアな魅力が満載な本作。インターネット全盛の可能性に開かれすぎた時代を生きる現代人に刺さりまくるストーリーは、カオスで無茶苦茶で、それでいて愛に溢れていて、何度観ても胸がいっぱいになる。あの時ああしていれば、あの選択肢をとっていればと人生のIFを考え出したらきりがない。並行世界の自分を眺めるように、無限の可能性の中で何にでもなれたはずなのにたどり着いてしまった平凡な今の自分のことを、時に価値がないように感じてしまうこともある。それでも、そんな情けなくさりげない今の人生を肯定するエヴリンの言葉に、なんてことない今の自分がそれでもかけがえのないもののように思え、優しく抱きしめてあげたくなった。そして、違う人生を今さら選べはしないけれど、今までとは違う一歩を踏み出すことはできるのだ、と。

(C)2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.
この作品の愛の部分を担っているのは、有害な男性性とはまるで無縁な、ソフトで可憐なキー・ホイ・クァンの佇まいだろう。異次元の夫・ウェイモンドになった瞬間、服もメイクも同じなのに一気にセクシーな魅力に溢れるあの切り替わりっぷりもさることながら、大切なテーマの一つである「BE KIND」を体現している。まさに作品のヒロイン。助演男優賞が獲れて本当によかった。ほかにも七変化かつ圧倒的な存在感、助演女優賞も獲得したジェイミー・リー・カーティスに、表情から滲む人生の絶望や身に迫るような孤独感が鮮烈だったステファニー・スーなどすべての役者陣が魅力的。
ちなみに、確定申告のつらさが刺さる作品でもあるので、フリーランスの皆さまは心を強くもってご鑑賞いただきたい。
■揺れる瞳を見ているだけで涙が溢れそうになる

(C) 2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.
物語でも、その登場人物でもなく、その演技そのものに胸を締めつけられ涙が止まらなくなることがある。ほかの誰でもない、その俳優の力によって私は魅せられ目が離せなくなってしまう、そんなことが。「ザ・ホエール」(2022年)で主演男優賞に輝いたブレンダン・フレイザーの見せた演技はまさに、いろいろあった彼だからこその魂の演技とも言えるような、そんな真に迫ったものだった。

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大学のオンライン文章講座で生計を立てている40代の教師・チャーリー(フレイザー)はボーイフレンドを失った絶望から引きこもって過食を繰り返し、重度の肥満症になってしまい、歩行器なしでは移動もままならない。病状の悪化から死期を悟った彼は、離婚して以来疎遠になっていた17歳の娘との絆を取り戻そうともがき始める。
272キロの巨体になるための特殊メイクには4時間、5人がかりで着脱する必要のある45キロのファットスーツを着用し、そのメイクはアカデミー賞のメイクアップ&ヘアスタイリング賞にも輝いている。喪失感から自らを傷つけるかのように手あたり次第に何かを口に運び続ける様子はあまりに痛々しく、まさに自傷行為。重りのようなその脂肪こそが彼の人生の業と後悔の集積のようで、その脂肪の鎖に動きが抑制されているからこそ、一挙手一投足に切実さが込められていて、何度も息を呑んだ。
なによりもあの目。痛みが浮かびながらも澄んだ瞳はどこまでも無垢で、なぜかその揺れる瞳を見ているだけで涙が溢れそうになってしかたがなかった。

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戯曲を原作とした、アパートの一室で展開する室内劇である本作。場所の変化はほとんどないが、チャーリーのもとを訪れる人々との会話の中で少しずつそれぞれの気持ちが吐露され変化していく様子が、光の移りゆく様子で表現されている。人生の喜びも悲しみも、人間の愚かさも尊さも、すべてをさらけ出すような痛切な作品ながら、ブレンダン・フレイザーの穏やかな語り口で述べられる執念を感じさせるほどの前向きさ、それでも希望を信じる姿勢には凄みを覚えた。そこには救いがあった。
これらの作品がアカデミー賞で選ばれた理由はなんだろう?作品が、演技が素晴らしかったのはもちろんながら、「エブエブ」が選ばれたのはきっと、今までないことにされてきた、偏見のもとにあったアジア人、移民、中年女性や冴えない男性やレズビアンという存在をもう軽んじたりはしないし、してはいけないという思いがそこにあっただろう。
ブレンダン・フレイザーが選ばれたことに、そして助演男優賞にキー・ホイ・クァンが選ばれたことに、私は、人はまたやり直せるのだと、折れなければ信じ続ければきっとまた救われる瞬間が訪れるのだと、そんなメッセージを感じた。
今年の第96回アカデミー賞ではどんなメッセージが発せられるんだろうか。哲学や宗教がちっぽけに感じてしまうような虐殺が続き、それを止められない、やるせない世界に生きているけれど、それでも未来を想えるような作品が生まれ続け、選ばれることを私はまだ信じている。
文=宇垣美里
宇垣美里●1991年生まれ 兵庫県出身。2019年3月にTBSを退社、4月よりオスカープロモーションに所属。現在はフリーアナウンサー・俳優として、ドラマ、ラジオ、雑誌、CMのほか、執筆活動も行うなど幅広く活躍中。
放送情報【スカパー!】
エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス
放送日時:2024年3月9日(土)20:00~、17日(日)18:30~
ザ・ホエール
放送日時:2024年3月10日(日)21:00~、21日(木)16:30~
チャンネル:WOWOWシネマ
エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス
放送日時:2024年3月10日(日)14:00~、12日(火)19:15~
ザ・ホエール
放送日時:2024年3月13日(水)18:00~
チャンネル:WOWOWプライム
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