安田成美が多様な表現で作り出した緒形拳に匹敵する存在感に注目
2024.2.27(火)

先日、地上波のトーク番組で夫・木梨憲武との馴れ初めを明かして話題となった安田成美。1994年の結婚発表時、大物芸人とトップ女優のビッグカップルに世間は大いににぎわった。当時の安田は多くのドラマ、映画、CMに出演し、「第13回報知映画賞最優秀主演女優賞」をはじめとする数々の賞を受賞するなど、人気、実力共に八面六臂の活躍を見せていた。その頃のエネルギッシュな彼女の演技が堪能できる作品が、映画「咬みつきたい」(1991年)だ。
同作品は、金子修介監督が緒形拳主演で吸血鬼ドラキュラを題材に描いた異色のホラー・コメディで、ふとしたことからドラキュラとして蘇った善良な男の悲哀をユーモラスに描く。
ドラキュラの研究家だった祖父に育てられ、血液の研究をするまでになった竹井ゆづ子(安田)は、幼い頃からの夢であったドラキュラの血を手に入れる。ところが、それを病院の保管室にしまい込んだことから、交通事故で病院に運び込まれた製薬会社の開発部長・石川周太郎(緒形)に輸血されてしまい、周太郎はそのまま死亡。周太郎の葬儀の日、ゆづ子は周太郎の娘・冴子(石田ひかり)に「あなたが処女なら、あなたの血を石川さんの灰におかけなさい。1年と3日後に石川さんは蘇るわ」と告げる。冴子が実行した1年と3日後、ドラキュラとして蘇った周太郎が冴子の前に現れる。

(C)1991 キャストス/東宝
安田は、主人公の石川周太郎がドラキュラになるきっかけを作ってしまった女性・ゆづ子を演じているのだが、芝居で一つの役の多面性を表現して、ゆづ子の人間としての厚みを表している。最初は、理知的でクール、プライドが高く、サバサバとした美人といった研究者のゆづ子として登場。はきはきと端的に言葉少なくしっかりと伝える台詞回しや、背筋を伸ばしてキビキビと姿勢よく歩く歩き方、目標に向かって猪突猛進に突き進む意志の強さと眼光の輝き、そして研究第一であるが故に人の気持ちを考えないデリカシーを欠いた言動など、さまざまな角度から研究者然としたゆづ子の人となりを構築している。
その後、安田は、ドラキュラとして蘇った周太郎を匿い、共に時間を過ごすゆづ子を通して、次第に垣間見えていく人間味を繊細に表現していく。夢だったドラキュラが目の前に存在するという事実に興奮しているゆづ子、ドラキュラの研究と称して周太郎と接触するうちに周太郎に惹かれていくゆづ子、周太郎に幼い頃の夢を語りながら少女に戻ったかのようなゆづ子、復讐を果たして身の潔白を証明するために奮闘する周太郎を身を挺して後押しするゆづ子など、シーンごとに見せる表情を変えて、ゆづ子をお堅い"リケジョ"なイメージから人間味あふれる女性に変容させていく。主人公はあくまで周太郎で、周太郎の心情や苦悩し戸惑い奮闘する姿が物語の主軸となるため、緒形の渋く説得力がありながらもどこかおかしみを含んだ演技に目を引かれる中、安田はゆづ子を1人の女性としてしっかりと演じ切ることで作品の中でのゆづ子の存在感を増している。この安田が表現するゆづ子の人間味こそが、ドラキュラの周太郎の"人間らしくなさ"との対比を作り出しており、作品をより面白く深みのあるものに昇華させている。
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(C)1991 キャストス/東宝
金子監督が描くドラキュラになってしまった男の奮闘劇と緒方の独特の演技を楽しみつつ、それらを引き立たせる存在感を表現した演技でヒロインを演じ切った安田の多様な表現にも注目してほしい。
文=原田健
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