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薬師丸ひろ子がデビュー作「野性の証明」で見せた存在感とその秘密

2024.2.3(土)

「野性の証明」(歌謡ポップスチャンネル)
「野性の証明」(歌謡ポップスチャンネル)

映画「野性の証明」(1978年)でデビュー後、数々の映画やドラマ、CMなどに出演し、瞬く間にトップ女優の仲間入りを果たした薬師丸ひろ子。瑞々しい10代の女性から大人の女性、そして優しく品のある母親役まで、年を重ねるごとにその演技は円熟味を増していき、各年代ごとに時代をけん引し続ける日本のエンターテインメント界になくてはならない女優の一人だ。

そんな薬師丸は、デビュー作から圧倒的な存在感を放つ女優であったことをご存じだろうか。偶然、彼女の写真を撮った人物が本人には内緒で映画「野性の証明」長井頼子役オーディションに応募し、合格したことがきっかけで同作に出演。芸能界デビューを果たす。演技経験もなく、つい先日まで普通の一般人だったにもかかわらず、規格外の存在を放っている。

というのも、同作は大ヒットした映画「人間の証明」(1977年)に続き、森村誠一が角川春樹の依頼により映画化を前提として執筆した原作を角川書店が映画したもので、制作のスケールも壮大。アメリカで行われた数多くのヘリや戦車が登場する戦闘シーンはもちろん、キャスト陣も豪華絢爛で、主演の高倉健を筆頭に夏八木勲、三國連太郎、舘ひろし、松方弘樹、丹波哲郎、大滝秀治、梅宮辰夫、田中邦衛といった"レジェンド級"がこれでもかと名を連ねている。そんな豪華出演者の中でも、新人の薬師丸は埋もれることなく輝きを放っていることに驚かされる。

デビュー作ながら圧倒的な存在感を見せた薬師丸ひろ子
デビュー作ながら圧倒的な存在感を見せた薬師丸ひろ子

(C) KADOKAWA 1978

薬師丸は、かつて自衛隊の特殊工作隊員だった味沢(高倉)が訓練中に遭遇した部落で起こった虐殺事件で唯一生き残った少女・頼子を熱演。頼子は目の前で両親を殺されたショックで事件当時の記憶を失くし、事件直後は親戚に預けられるが、1年後に自衛隊を除隊した味沢に引き取られ、味沢を実の父のように慕いながら暮らしているという役どころ。

北上山地の原生林にヘリで降ろされ、自力で目的地を目指すという訓練中だった味沢は、偶然立ち寄った部落で発狂した頼子の父親が誰彼構わず虐殺している場面に遭遇。殺されそうになった頼子を救うため、味沢は一般人への接触はタブーとされていた禁を破り、頼子の父親を殺害する。一年後、禁を破った責任と被害者たちを守り切れなかった自責の念から自衛隊を除隊した味沢は頼子を引き取り、地方都市の保険会社に勤め始める。そんなある日、保険金殺人の調査を進めていた味沢は、地元暴力団と政治家、地元警察が癒着している証拠をつかんだことで、波乱の運命が動きだしていく。

(C) KADOKAWA 1978

癒着による事件と存在を知られていけない自衛隊特殊工作隊からの圧力に、頼子を守りながら奮闘する味沢の姿を描いた作品なのだが、高倉演じるぶっきらぼうで無口な父親に対し、薬師丸は表情豊かで麗しい娘として存在し、調和の取れた親子を表現。どこか陰を感じさせながらも能動的に幸せに向かおうとする健気な少女の姿を描き出している。この薬師丸が演じる頼子の存在が、さまざまな思惑や陰謀に巻き込まれて疲弊していく味沢の救いとなり、守るべきものであることを再確認させるという作品の持つメッセージを伝えるための重要な役目として機能している。

一方で、記憶が甦り、味沢が自分の父親を目の前で殺した人物であることを思い出した後の頼子の変化も表現。急に目を合わさないようになり、恐怖心と猜疑心に支配された様子を繊細に表しており、寡黙で感情が読み取りづらい味沢の心の機微を観る者に分かりやすくさせるという効果を生み出している。

この作品における薬師丸の存在感の秘密を分析すると、目の光がシチュエーションによって変わっていることが大きな要因として挙げられるだろう。部落での事件時、味沢と暮らす平穏な日々、さまざまなトラブルに巻き込まれて逃走している時、記憶を取り戻した時など、状況の変化に合わせて目から放たれる光の度合いが変わっているのだ。この目の光の変化が、デビュー作での芝居の拙さや経験不足を補って余りある表現力を生み出している。

昭和の大作の一つである同作を観て、薬師丸ひろ子という名女優を世の中が知った瞬間の衝撃はどれほどのものだったのかを想像しながら、彼女の存在感の大きさとその秘密に注目してみてほしい。

文=原田健

放送情報【スカパー!】

野性の証明
放送日時:2024年2月16日(金)20:30~
チャンネル:歌謡ポップスチャンネル
※放送スケジュールは変更になる場合があります