山田孝之の葛藤を伝える自然な演技が胸に響く映画「手紙（2006）」

2023.8.9(水)

「容疑者Xの献身」で2005年に第134回直木三十五賞を受賞した人気ミステリー作家・東野圭吾の同名ベストセラーを映画化した「手紙」(2006年)が、8月30日(水)にWOWOWプラスで放送される。

本作は、犯罪加害者の家族という重いテーマを正面から扱った作品で、「3年B組金八先生」シリーズや「Beautiful Life 〜ふたりでいた日々〜」（2000年）など、数々の大ヒットドラマの演出家として知られる生野慈朗が監督を務めた。

本作は、殺人を犯して服役する兄と、犯罪者の家族として偏見を持たれる弟の絆を綴った感動のドラマ。両親が亡くなり、兄弟2人で生きてきた剛志と直貴。だが兄の剛志は直貴の大学進学費用欲しさに空き巣をし、その際に過ってある女性を殺してしまった。剛志は無期懲役の判決を受け、獄中では弟との手紙のやりとりだけが唯一の慰めとなる。一方の直貴は、兄が殺人者ということが知られるたびに職も住居も追われ、恋愛すらままならない孤独な生活を送る。そんな中で少年時代から親友と続けていた漫才だけが希望となっていた。

主人公の20歳の青年・武島直貴は山田孝之が演じた。爽やかな青春を描く「ウォーターボーイズ」(2003年)や、綾瀬はるかと共演した純愛ドラマ「世界の中心で、愛をさけぶ」(2004年)、映画版「電車男」(2005年)など、主演作の大ヒットが続いていた山田。コミカルからシリアスまで自然に演じ分ける若き実力派として、当時から広く知られていた。今作では、殺人者の弟という偏見から人生を狂わされていく青年を熱演した。真面目に生きていても、どこからか素性が知れてしまい居場所を失う。地元のトップ高校に通う秀才だったが大学進学は諦め、転職と引越しを繰り返してきた。現在はリサイクル工場に勤めているが、人目を避けて暮らしている直貴。

玉山鉄二演じる兄・剛志は、根っからの悪人ではない。頼る大人もなく兄弟で支え合いながら生きてきた。学がないゆえに苦労した自分のようにしたくないと、弟を大学に行かせようとしていた兄。懸命に働きすぎたために腰を悪くして仕事もクビになる。追い詰められて空き巣に入った先で住人と鉢合わせしてしまい、盗んだ金を返そうと揉み合いになった末に殺人を犯してしまう。そんな兄の優しさや人となりを知っているからこそ、他人から馬鹿にされたら腹も立つし、恨むことも突き放すこともできない。それでも差別されて生きていくのは苦しくて仕方がない。辛い経験を経て他者との関わりを避けてきたことが、直貴の小さな視線の動きやぎこちない表情からもよく分かる。時折、深い悲しみと諦めが暗い瞳の奥によぎる。山田のあまりにも自然な演技に引き込まれ、圧倒されてしまう。小さな頃からの夢を叶え、大好きな女性との幸せを掴むはずだった。幸せに近づく度にのしかかる罪の重さに、傷つき追い詰められていく心を繊細に演じた。直貴が抱える葛藤や苦悩が痛いほど伝わってくる。山田の実力派たる圧巻の演技が静かに胸に響いた。

文＝中川菜都美

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